誰も見てません

Nobody cares

近況

日記は毎日つづかないものだなあ。

椎名林檎の青春の瞬きを何度も聴いて歌ってとても好きになって、そういえば私は東京事変の解散ライブに行ったからこの名曲をしっかりと聴いたはずなのに全くおぼえていない。私には何を与えても無駄ではないかと思ってしまう。いつか姉が、その子どもがまだとても小さい時に色んなところに旅行に行っても覚えていないのだからあまり意味がないのではと言っていたが私は大人だけど記憶力が著しく悪いから同じ感じ。

どんなにふかくふかく愛していても、片方が既婚というだけで恋愛が破綻してしまうのはとても不思議なことではないか?と、考えてしまう。

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運動不足なので高尾山へ行った。たくさん汗をかいて気持ちよかった。

又吉直樹の舞台を読み終わって村上春樹騎士団長殺しを読んでいる。どんな時に読んでもだいたい面白く読み進められるというのはすごいと思う。文庫ではないのに通勤で読むから荷物が重い。

午前3時の脱走計画

なんとなくブログを書く気になれなくて随分経ったと思ったらそうでもなかった。

子猫を飼って半年過ぎて、オスとメスで性格が全然違って面白くて可愛いが、ぴったり同じなのは体重。外出中に地震があって数日帰ることができなくなったらと思って外出前には多めにキャットフードをお皿に入れていたのが明らかすぎる原因。デブ猫の完成。

明日は約束を破って勉強する日にしたのでがんばらなくては。私は資格を取る。取る。取る。がんばる。あと1年は辛抱、耐える期間なのだ。長いなあ。

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ニヒリズムを見つけて

そのときの自分の年齢や状況、まさにそのときに読むべき本、出会っておいて良かったと感じる本というのがあるから、読書は奥深い。たまに、特に期待せずに読み始めても、読み終わると、これはまさにそれだった!今の自分に必要だった!と感動することがある。読書の醍醐味だと思う。

今月、そんな本に出会えた。私は以前から、この世界に意味のあるものなんてないと考えていて、この考え方はなんていう思想なんだろうと興味があった。最近、これはどうやらニヒリズムというらしいと、言葉を知ったけれど、浅い調べではどうもニヒリズムというと私の考え方よりネガティブな捉え方のようで、まだ模索中だ。

まあそれはそれとして、別の話で、少年犯罪とかに興味があってそういう本をたまに図書館で借りているのだけど、その辺の分類のある本を借りた。そうしたら、事件の経緯や犯人の分析よりも、今の日本の社会に存在する優生思想とかニヒリズムとかについてわかりやすく書かれていて、とてもすんなりと受け入れられて、自分の中だけで感じていたことをきちんと言葉でまとめてもらったような、共有できたような、気持ちの良さを感じられた。

初めて、手元において、マーカーをひいておきたい(ひく箇所はたくさんある)とおもった本だった。

一番気持ちのよかった部分の抜粋を少しだけ。力をくれた1冊。今年の1冊。

 

「相模原障害者殺傷事件 優生思想とヘイトクライム
 立岩真也 杉田俊介  青土社 

自分が特別に不運だとも思わないし、不幸であると思えない。しかし、根本的に満たされない。
だからこそ、生活保護受給者や障害者、シングルマザー、在日コリアンなどに対して、内なる不満の解消先が向けられていく。
この漠然とした不安や不満は、マジョリティである自分たちが実は割りを喰っているからだ。
事実を無視して、ネットで偏ったデータばかりを収集して、そんなふうに思い込みたがってしまう。
この自分は役立たずであり、生きるに値しないのではないか。
そんな漠然とした不安が募れば募るほど、自分より過酷な立場に置かれた人々への攻撃や憎悪が募っていく。
役に立つか立たないか、という物差しをもしも使うならば、誰の役にも立っていない人生はある。
他人に迷惑をかけ続けて終わっていく人生もある。それはある。そう言わざるをえない。
けれども、役に立たなくても、別に構わない。あるいは、その必要がない。
社会や国や他人のために役に立たなくても、あるいは誰かに負担や迷惑をかけていても、生きていることはいいことである。
なぜなら、生きることは、比較や線引きの対象ではなく、そのままでよいことだから。
そうとしか、言えないことだから。

「優秀な人間や健常者は生きる意味があるが、障害者は無意味だ(役立つ障害者だけが生きる意味がある)」
という優生的な価値観は根本的なところで間違っている、おかしい、というだけでは足りていない。
むしろ、「障害者だろうが健常者だろうが、優れた人間であろうが何だろうが、
人間の生には平等に意味がない(生存という事実は、端的に非意味でしかない)」と言わねばならない。

僕らはむしろ、誰にとっても平等な、対等な、そうした圧倒的な非意味=ノンセンスこそ、耐えねばならないのではなかったか。

生存という事実には、そもそも意味も無意味もない、ということ。
この単純な、圧倒的な、非人間的な事実。

 

相模原障害者殺傷事件 ―優生思想とヘイトクライム―

相模原障害者殺傷事件 ―優生思想とヘイトクライム―

 

 

猫に会いたい

猫が死んだとき具体的に寂しく感じたのは、もう生きている獣のあたたかくてやわらかい毛並みを撫でることができないということだった。焼いてしまったらもうこの毛には二度と触れない、撫でられない、と思うのも、本当にそうなったのも辛かった。

骨壺に納めてからも、もう二度と触れないという事を辛く寂しく感じていたら、数日後、夢をみた。夢の中、部屋に死んだ猫がいて、私のところにきて、撫でさせてくれた。私は嬉しくて、そうそう、この感触、と思いながらずっと触っていたら、あれ?でも、ビビ、死んだんじゃなかった?と思い出して、棚の上を確認したらやっぱりそこに骨壺があった。ああ、やっぱり、死んだんだ、死んだことは間違いないんだって、そう思いながら目の前の猫を撫でた。

あれは、今改めて考えても、猫が会いに来てくれたんだな、と思う。私は猫に本当に何もできなかったのに、最後まで私のわがままに付き合ってくれて、本当に優しい子だったんだと気づいた。そんなことをさっき思い出して泣いた。これは他でもないペットロスだけれど、私にはずっと悲観に浸ってる余裕はないから、病気にはなれない。だけどたまにこうやって猫のために涙を流しても構わないでしょう。

書を読んだ

漫画は好きだけれど部屋に漫画本がたまっていくのを避けるためレンタルすることにしている。最近は、セトウツミ、僕は麻理のなか、動物のお医者さん、を借りた。

セトウツミ 7 (少年チャンピオン・コミックス)

セトウツミ 7 (少年チャンピオン・コミックス)

セトウツミは、職場の先輩におもしろいよ、といわれて読んでみた。電車の中で吹き出しそうになるほどちょくちょく波が高くて、特に時々出てくる二話にわたって二人のやりとりのズレを解明するパターンの回が好きだ。魚のしりとりもよかったなー。映画でこの表現はおそらく無理だと思う。せっかくの菅田くんだけれど...。

以前読んだときは、男目線からの女子の体の詳細が気持ち悪くて途中で無理だなと思ったのだけど、何だか続きが気になって完結まで読んだ。ちゃんと読めば気持ち悪さだけでなくて、現代の孤独感を表していておもしろかった。

動物好きで、動物病院という所がそんなに遠くない私にはとてもおもしろかった。以前テレビで小学生の男の子が熱心に読んでいて、それおもしろいの?何て漫画?ってスタッフがきいたら、この漫画だった。時代を問わずに愛される漫画だということが、読んで納得できた。ハスキー犬、かわいい。

今は、漫画の気分が終わったので新書を読んでいる。

孤独感が強く、自己肯定感が低い現代人。子どもがふと母を見た瞬間、母は子どもではなくスマートフォンだけをみている。そんな場面がとても多いこと、それは、誰も自分をみていない、認めていないと子どもがどこかで感じ、自己否定、満足感のないことへと繋がらないだろうか、そういう些細なことから現代人の暗い心がつくられるのではないかと個人的に思っていて、それから最近否定的で批判的な人が周りやネットに多い気がしたので、この本を手に取った。自分を含め、他人への嫉妬心や虚栄心を認め、もっと他人へ無関心になること、ほっておくこと、自分を正すことへ重きをおくことが大事だと思った。

新書やビジネス本、自己啓発的な本もたまには読まなくちゃと思っている。ちょっと読みにくいとか難しい本を読むのは大事。そうしないといつまでも簡単な本しか読めない、と思う。

猫の生殖機能を失わせた

言葉で書くとおそろしいな。事実だけど。
先日は雌猫の、今日は雄猫の手術。2匹とも発情、スプレー行為がまだなく(お布団にしたことはある。スプレー行為なのかただのトイレ失敗だったのかあやしいところ)、いいタイミングで病院へ連れていけてよかった。費用が安くて、安心できる病院でどちらも10000円前後ですんだ。多頭飼いなので助かった。術前の血液検査が入って2万円以上になるところが多いけれど、実際手術で血液が必要になるのってとても稀で、必要ないと思うとの先生の言葉が信じられたので、血液検査なしのため安くなった。無駄ではないけれど、念のため行った方がいいのはわかるけれど、オプションとして検査をつけるかつけないか選べるようにするのもいいと思う。

夜迎えに行くまで、一人の時間。あっ一匹いた。寂しがっているだろうな。2匹で飼えば寂しさが軽減されると思って2匹飼い始めたけど、どっちかがいないとき、もう一匹がとっても寂しがるということに気づいた。盲点だった。

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